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大和貝吹山城 観光ガイド


大和貝吹山城

大和貝吹山城 大和貝吹山城
  • 城郭構造:山城
  • 築城主:越智氏
  • 築城年:南北朝時代
  • 城主:越智氏

大和貝吹山城は南北朝時代に越智氏によって築かれました。越智氏は大和四家(筒井氏、越智氏、十市氏)と呼ばれる豪族の一つでした。

越智氏は平時の居城として越智城を、詰城として貝吹山城を使いました。高取城は支城として築かれましたが、戦国時代には本城になっていたそうです。

1546年(天文十五年)筒井順昭によって貝吹山城が攻められ、越智氏は高取城へ退却しました。 越智家増は貝吹山城の奪還を図りますが失敗します。

1559年(永禄2年)三好長慶の家臣の松永久秀が大和へ侵攻して筒井氏と争うと、越智家増は三好氏と友好関係を築きます。

その後、越智家増は貝吹山城へ入城しますが、1569年(永禄12年)織田信長の後ろ盾を得た松永久秀に攻められて城を開城、降伏しました。


大和貝吹山城周辺の観光名所

安居院 飛鳥寺

飛鳥寺 飛鳥寺_飛鳥大仏

飛鳥寺は真言宗豊山派の寺院。正式名称は安居院。

6世紀末頃、蘇我馬子が蘇我氏の氏寺として創建しました。

本尊の銅造釈迦如来坐像(飛鳥大仏)は日本最古の仏像でありながら、修復箇所が多いという理由で国宝になっていません。

当寺の西には蘇我入鹿の首塚があります。

安居院 飛鳥寺 地図

橘寺

橘寺_本堂 橘寺_二面石

橘寺(たちばなでら)は天台宗の寺院。

史実として橘寺の創建年代は不明。聖徳太子建立七大寺の一つに数えられています。

本堂(太子殿)の本尊の聖徳太子座像は1515年(永正12年)に造られたもので国の重要文化財に指定されています。

境内には二面石があります。正面に向かって右側が善人の顔、左側が悪人の顔と言われており、吉備姫王墓にある猿石と同じ場所から掘り出されたと考えられています。

橘寺 地図

亀石

飛鳥_亀石

亀の顔が彫られていることから亀石と呼ばれていますが、カエルではないかとう説もあります。建造時期も目的もよくわかっていません。

亀石 地図

猿石(吉備姫王の墓)

飛鳥_猿石

猿のような石仏が四体あります。元々は欽明天皇の南側の水田から掘り出され、後に吉備姫王の墓に移されました。建造時期も目的もよくわかっていません。

猿石(吉備姫王の墓) 地図

酒船石

飛鳥_酒船石

酒または薬を造るための設備といわれていますが、建造時期も使用用途は不明です。

酒船石 地図

益田岩船

飛鳥_益田岩船

岩の加工法などから古墳時代最末期の特徴が見られるため、7世紀頃の建造と推定されています。

古墳の横口式石槨(石室構造の一種)との説が有力視されています。

益田岩船 地図

大和貝吹山城 地図



大和貝吹山城 スタンプ

スタンプは、確認できませんでした。


大和貝吹山城 御朱印・御城印

大和貝吹山城の御城印は、確認できませんでした。


大和貝吹山城 交通アクセス

[鉄道]

京都 - 近鉄京都線(1時間20分) - 橿原神宮前

橿原神宮前 - 近鉄吉野線(2分) - 岡寺


大和貝吹山城 周辺の観光情報・名物

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