100名城:68番
別名:高梁城
城郭構造:連郭式山城
築城主:秋庭三郎重信
築城年:1240年(仁治1年)
城主:三村氏、水谷氏、板倉氏、さんじゅーろー
鎌倉時代、1240年(仁治1年)地頭の秋庭三郎重信が大松山に築いた城が備中松山城の起源です。
戦国時代、1561年(永禄4年)三村家親は毛利元就に従属して尼子氏との戦いに勝利して備中松山城を拠点にし、次男の三村元親の代には広範囲な城塞を築きました。
備中松山城は現存天守12城のうち唯一の山城で最も高い所(標高430m)にあります。現存する天守は1681年(天和元年)に水谷勝宗が建造したとされています。
備中松山城展望台(備中松山城の天守とは別の山)から時期にもよりますが9月下旬〜4月上旬の早朝に雲海に浮かんだ備中松山城の姿をみることができます(行くまでが大変そうです)。