田辺城(丹後国) 観光ガイド

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田辺城(丹後国) 田辺城(丹後国)2

別名:舞鶴城

城郭構造:輪郭式平城

築城主:細川藤孝

築城年:1582年(天正10年)

城主:細川氏、京極氏、牧野氏

1579年(天正7年)織田信長の命により明智光秀の寄力となっていた細川藤孝は光秀の加勢により丹後南部を平定し、 当初は宮津城を居城としていましたが、交通の要所であった旧丹後守護所の加佐郡八田の地名を田辺と改め田辺城を築き居城としました。
1582年(天正10年)本能寺の変のとき細川藤孝は親戚であった明智光秀からの援軍の要請を拒否し、剃髪して幽斎という雅号を名乗り家督を忠興に譲りました。
1600年(慶長5年)関ヶ原の戦いで細川幽斎は東軍に属し、西軍の大軍(15000人)に攻められ、わずか500人で田辺城に籠城しました。幽斎は後陽成天皇の勅使の命により西軍と講和して関ヶ原の戦いの2日前に田辺城を開城しました。細川幽斎は古今和歌集の解釈を秘伝として師から弟子に伝える古今伝授の唯一の継承者であったそうで、講和で世話になった烏丸光広に古今伝授を行い太刀を送りました。この時の太刀は古今伝授の太刀と呼ばれ東京の永青文庫(細川家の屋敷跡)が所蔵しているそうです。
現在、本丸付近は舞鶴公園となっており、城門には田辺城資料館があり細川幽斎を中心に歴代城主や、城下町・田辺の歴史を紹介しています。
田辺城資料館 利用案内
田辺城(丹後国)3 田辺城(丹後国)4
JR西舞鶴駅構内の西駅交流センターに、戦国武将の細川幽斎の歴史を紹介するパネルが設置されています。

天橋立

天橋立 天橋立2
宮津湾にある天橋立は、幅20〜170m、全長3.6kmの砂嘴(さし)でできた砂浜で、5000本の松が茂っている珍しい地形で、天に架かる橋のように見えることから天橋立の名が付きました。
陸奥の松島、安芸の宮島とともに日本三景のひとつです。
京都府内では、京都市を除いて、最も観光客が訪れる場所です。
天橋立 地図
天橋立3 天橋立4
天橋立は歩いて渡ると片道約50分かかります。夏場の炎天下には日焼け、熱中症に注意しましょう。
天橋立観光船(フェリー)もお勧めです。カモメのエサやりも人気です。

智恩寺

智恩寺 智恩寺2
寺伝によれば808年(大同3年)の平城天皇の勅願寺として創建されたそうです。 日本三文殊のひとつで通称切戸(九世戸)の文殊堂、智恵を授かる文殊さんとして知られています。
智恩寺 地図

元伊勢籠神社

元伊勢籠神社 元伊勢籠神社2
創建された時期は不詳とされています。伊勢神宮に奉られる天照大神、豊受大神がこの地から伊勢に移されたという故事から元伊勢と呼ばれています。
奥宮にあたる眞名井神社はパワースポットとして有名です。神社の裏には古代の祭祀形態である磐座が鎮座しています。境内には天の眞名井の水(御霊水)が湧き出しており、多くの人が訪れています。
元伊勢籠神社 地図

田辺城(丹後国) 地図



田辺城(丹後国) スタンプ

スタンプは、田辺城資料館に設置されています。

田辺城(丹後国) 御朱印・御城印

田辺城(丹後国)の御城印は田辺城資料館で販売されています。

田辺城(丹後国) 交通アクセス

[鉄道]
京都 - JR嵯峨野線(45分)- 園部
園部 - JR山陰本線(65分)- 綾部
綾部 - JR舞鶴線(22分) - 西舞鶴

田辺城(丹後国) 駐車場

舞鶴市営 南田辺駐車場

田辺城(丹後国) 周辺の観光情報・名物

成相山成相寺
天橋立傘松公園
天橋立ビューランド

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