忍城 戦国武将
成田長泰![]() |
1495年(明応4年)-1574年(天正元年)。 関東管領の上杉憲政(山内上杉家)に仕えていました。 1545年(天文14年)父の成田親泰が亡くなると家督を継ぎます、北条氏の勢力が拡大し成田氏の勢力が衰えたため、北条氏に従属します。 1560年(永禄3年)上杉謙信が関東に進出すると従属しますが、謙信が越後に戻ると再び北条氏康に従属しました。 1563年(永禄6年)上杉謙信に忍城を攻められ降伏します。隠居を命じられたため、家督を嫡男の氏長に譲りました。 1574年(天正元年)死去しました。 |
成田泰季![]() |
1516年(永正年)-1590年(天正18年)。 成田親泰の三男 1590年(天正18年)豊臣秀吉による小田原征伐が始まると、当主の成田氏長(長泰の子)は北条方に加勢し小田原城へ籠城したため、成田泰季は隠居していましたが氏長の命により忍城の城代を務め籠城しました。忍城攻め総大将の石田三成は総延長28キロメートルにおよぶ石田堤を建設して利根川を利用した水攻めを行いましたが忍城は落城せず、小田原城の落城後に開城しました。 |
