岩槻城 戦国武将
太田道灌![]() |
1432年(永享4年)-1486年(文明18年)。 1455年(康正元年)父の資清から家督と扇谷上杉家の家宰職を継ぎました。 古河公方(足利成氏)の勢力(古河城、関宿城、忍城など)に対抗するため、1457年(長禄元年)江戸城、川越城、岩槻城を築きました。1455-83年の享徳の乱で太田道灌は江戸城の城主として川越城、岩槻城と連携して戦線を指揮して、古河公方・足利成氏軍との戦いで連勝し、長尾景春の乱を鎮圧しました。 1486年(文明18年)太田道灌は扇谷上杉家の当主となった上杉定正に相模糟屋館に招かれて暗殺されました。 |
