安土城 観光ガイド
安土城
- 100名城:51番
- 城郭構造:山城
- 築城主:織田信長
- 築城年:1576年(天正4年)
- 城主:織田氏、明智氏
1576年(天正4年)織田信長が京都に近く琵琶湖の水運を利用できる安土に築城しました。総奉行は丹羽長秀が担当し、羽柴秀吉が縄張奉行を担当しました。 安土城は天下布武(天下統一事業)を象徴する城で、地下1階地上6階建て、天主の高さが約32メートル、独創的な意匠で絢爛豪華な城であったそうですが、わずか3年後に本能寺の変が起こり天守と本丸が焼失しました。 本能寺の変の後、一時的に明智光秀が安土城を接収し、山崎の合戦で光秀が敗死すると、織田信雄(信長の次男)や織田秀信(信長の孫、三法子)が入城しました。
大手道は幅約6mあり真っすぐに造られている特徴があり、不足する石材を補うために石仏が転用されています。大手道の左側に羽柴秀吉屋敷跡、右側に前田利家屋敷跡があります。
昭和の初期に行われた登山道の整備の際に、二の丸跡付近の崩れた石垣の中から仏足石が発掘されました。 仏足石は、お釈迦様の足跡を石に刻んで信仰の対象としたもので、インドの初期の仏教の信仰形態。中世の貴重な遺物であるそうです。
1583年(天正11年)二の丸に羽柴秀吉が織田信長公本廟を築いて遺品を埋葬しました。今も二の丸跡に信長公本廟がありますが、立ち入り禁止となっているようです。
写真は安土城の天守台跡です。安土城の天守は地下1階地上6階建てで高さが約32メートルあったとされています。滋賀県が安土城の再建の検討を進めていますが、史料な無いこと、莫大な資金(300億?)が必要であるなど、難しそうです。
安土城 地図
安土城 100名城スタンプ
スタンプは、安土城跡料金所、安土城郭資料館、安土城天守信長の館に設置されています。
安土城 御朱印・御城印
安土城の御城印は安土城跡料金所で販売されています。
安土城 交通アクセス
[鉄道]
京都 - JR琵琶湖線(48分) - 安土