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滝山城 戦国武将


大石定重

銀杏の二葉

1467年(応仁元年)-1527年(大永7年)。

山内上杉家の上杉憲房(関東管領)の有力宿老、武蔵守護代。

高月城を本拠地としていましたが、北条氏(北条氏綱)の勢力が武蔵まで拡大してくると、防衛面を考慮して1521年(永正18年・大永元年)定重は高月城の北東1.5kmに滝山城を築城して本拠を移しました。


北条氏照

三つ鱗

1542年(天文11年)-1590年(天正18年)。

北条氏康の三男。

1546年(天文15年)大石定久の養子として大石家へ入る。

1559年(永禄2年)大石家の本城の由井城浄(浄福寺城)に入り大石定久の娘を娶って家督を相続する。

1563年(永禄6年)第二次国府台合戦に参戦。以降に滝山城に本拠を移したと考えられています。

北条氏照は軍事だけではなく外交においても重要な役割を担っていました。

1569年(永禄12年)の武田信玄の侵攻の影響で防衛の強化のため山城が必要であると考え、1571年(元亀2年)頃に八王子城を築城しました。

1590年(天正18年)八王子城は豊臣秀吉の小田原征伐の際に、上杉景勝、前田利家、真田昌幸らの部隊1万5千人に攻められ落城しました。小田原城に籠城していた北条氏照は小田原開城後、秀吉から主戦派と見なされて切腹を命じられました。