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深大寺城 戦国武将


上杉朝定

竹に二羽飛び雀

1525年(大永5年)-1546年(天文15年)。

扇谷上杉家の事実上最後の当主。

1537年(天文6年)父の上杉朝興が死去したため家督を継ぐ。上杉朝定は難波田弾正広宗に命じて深大寺城を増築しますが、北条氏康は深大寺城を迂回して、直接、川越城を攻め、上杉朝定は武蔵松山城に敗走しました。

1541年(天文10年)長年抗争していた山内上杉家の上杉憲政と和睦します。

1545年(天文14年)駿河国の今川義元と連携して北条包囲網を作ります。今川義元が挙兵し北条氏康が駿河へ出陣した隙に、上杉朝定は上杉憲政、古河公方(足利晴氏)らと連合し8万の大軍で河越城を包囲しました。

1546年(天文15年)河越城の後詰にかけつけた北条氏康の奇襲に遭い、河越城の戦いで扇谷上杉軍は大敗し上杉朝定は討ち死にしました。