八王子城 歴史 資料館
八王子城の歴史
北条氏照は滝山城を本拠地としていましたが、1569年(永禄12年)の武田信玄の侵攻の影響で防衛の強化のため山城が必要であると考え、1571年(元亀2年)頃に八王子城を築城しました。八王子城は北条氏の本城である小田原城の支城で軍事上の拠点でした。
御主殿沿いの城山川の下流にある根小屋地区には城下町が作られました。滝山城下から移転した商業地区は八日市、横山、八幡などの宿場として発展しました。
1590年(天正18年)豊臣秀吉の小田原征伐の際に、上杉景勝、前田利家、真田昌幸らの部隊1万5千人に攻められ殲滅戦となりました。 このとき、北条氏照は小田原城に籠城し、八王子は城代の横地吉信(横地監物)が守備していました。多くの北条方の武将や婦女子が滝の上流で自刃したため城山川の水が血で染まったとの言い伝えがあります。 北条氏照は、小田原開城後、秀吉から主戦派と見なされて切腹を命じられました。
八王子城 縄張り
日本古城絵図 東山道之部 武州八王子古城図 〔江戸中期−末期〕
「国立国会図書館デジタルコレクションより」
絵図の中央の川沿いに北条陸奥守殿御主殿と記載されている。その左には上杉景勝が攻め入った場所が記載されている。