雑賀城 観光ガイド

雑賀城 歴史資料館    雑賀城の戦国時代の勢力図    縄張り図
雑賀城のスタンプ    御朱印・御城印
雑賀城の地図    交通アクセス    駐車場    周辺の観光情報

雑賀城

別名:妙見山城

城郭構造:平山城、丘城

築城主:鈴木重意

築城年:戦国時代

城主:雑賀党鈴木氏

雑賀城は戦国時代に鈴木重意(佐太夫)が妙見山上に築いた城です。
鈴木氏は雑賀荘(和歌山市街周辺の荘園)の土豪たちがつくた雑賀衆の家系のひとつでした。
1570年(元亀元年)織田信長が石山本願寺を攻めた石山合戦では、本願寺の門主の顕如の援軍要請に応じて、鈴木孫一(鈴木重秀)は鉄砲部隊大将として約5000丁の鉄砲で織田信長を苦しめました。
雑賀鈴木氏の当主は代々鈴木孫一を称し、鈴木重意と鈴木重秀は同一人物かもしれないそうです。

根来寺

根来寺_大門 根来寺_大塔
根来寺は新義真言宗総本山(しんぎしんごんしゅう)です。桜の名所、紅葉の名所です。
左の写真は、真言密教の教義を形の上で示した大塔(国宝)です。1547年(天文16年)に完成した日本最大の木造多宝塔で、豊臣秀吉の紀州征伐の焼打ちを免れました。
室町時代末期、僧兵長であった津田算長(杉ノ坊算長)が種子島から伝来したばかりの火縄銃を持ち帰り、芝辻清右衛門(根来の刀鍛冶)に鉄砲を複製させ、後に、僧兵による鉄砲隊が組織されました。戦国時代、最盛期の根来寺は、寺領72万石、僧坊2700を有し、根来寺一帯の僧兵1万を率いて、根来衆として大きな勢力を誇りました。織田信長を狙撃したことで有名な杉谷善住坊も根来寺の門徒であったという説があります。
根来寺 地図

雑賀城 地図



雑賀城 スタンプ

スタンプは、確認できませんでした。

雑賀城 御朱印・御城印

雑賀城の御城印は、確認できませんでした。

雑賀城 交通アクセス

[鉄道]
大阪 - JR紀州路快速(1時間30分) - 和歌山
和歌山 - JRきのくに線(6分) - 紀三井寺

雑賀城 駐車場

OnePark 和歌浦口

雑賀城 周辺の観光情報・名物

紀三井寺
紀州東照宮
和歌浦漁港 おっとっと広場
新和歌浦展望台
雑賀崎灯台

近畿の城↑

トップページ       当サイトについて