武田信玄 ゆかりの城
躑躅ヶ崎館 |
1519年(永正16年)武田信虎(武田信玄の父)が躑躅ヶ崎館を築きました。武田信玄は甲斐の躑躅ヶ崎館を本拠地として、信濃・駿河・西上野・遠江・三河・美濃・飛騨などの一部を領しました。 1919年(大正8年)躑躅ヶ崎館跡には武田信玄を祀る武田神社が創建されました。 躑躅ヶ崎館(武田氏館)の観光情報、名物、グルメ |
要害山城 |
1520年(永正17年)武田信虎が躑躅ヶ崎館の詰城として要害山城を築きました。 1521年(永正18年)大井夫人(武田信虎夫人)が要害山城の麓にある積翠寺で武田晴信(信玄)を産んだと伝えられています。積翠寺の本堂の裏手には産湯を汲んだとされる井戸が残っています。 要害山城の観光情報 |
小諸城 |
1554年(天文23年)武田信玄が小諸に侵攻し、小諸大井氏が築いた鍋蓋城に新たに縄張りを行い小諸城を築きました。 武田信玄は小諸城を東信濃の経営拠点として重要視していました。 小諸城は珍し穴城で特殊な縄張りであること有名です。 小諸城の観光情報、名物、グルメ |
松代城 |
1560年(永禄3年)武田信玄が足軽大将であった山本勘助に命じて海津城(松代城)を築きました。 北信濃・川中島地域の拠点城郭として整備され、上杉謙信と戦うための最前線の城となります。 川中島の戦いのとき、上杉謙信は海津城の炊煙が多いことから武田軍の動きを察知して、山本勘助の啄木鳥の戦法を見破った。 松代城の観光情報 |
古宮城 |
1571年(元亀2年)武田信玄が馬場信春に命じて築城させたとされてます。古宮城は山間部の交通の要衝にあり、武田氏が三河の徳川家康を攻略するための拠点として築城されたと考えられています。 |