築城主:藤原清衡
築城年:平安時代末期
城主:奥州藤原氏
柳之御所は奥州藤原氏の初代当主の藤原清衡の居館。中尊寺の南東に位置し中尊寺金色堂を望むように造営されました。
奥州藤原氏は玉山金山(岩手県陸前高田氏)などから採れる豊富な金や、十三湊(青森県五所川原市)を拠点にした北宋貿易によって財力を蓄え、中尊寺金色堂や豪華な庭園を造営し、平泉は平安時代末期に人口10万人を数え、平安京に次ぐ都市となりました。
奥州藤原氏は源頼朝と対立して追われた源義経を庇護しましたが、秀衡(第3代当主)の死後、頼朝の厳しい追及により藤原泰衡(第4代当主)は義経を攻撃し、義経は岩手県平泉町にある衣川館で自刃しました。
現在、奥州藤原氏の居館であった平泉館跡に建てられた柳之御所資料館は改装中で、2021年にリニューアルオープン予定です。改装中、柳之御所遺跡出土資料は岩手県立博物館(盛岡市)で公開されています。